花帰葬




―――あれはもういつのことであったか。



確か――数十年前だったか、いや百年程前であったか。
この町は荒れに荒れ、町の至る所に孤児が溢れ、老人や病人の死体が野晒しにされていた。彼等の悪臭は、更に人を遠ざける。
道端に捨てられたゴミと何ら変わりのない者達が、あれだけ身を寄せ合って暮らしていたスラム街も、いつしか見る事はできなくなり、代わりに目を見張る程の色とりどりの花が咲き乱れる様になった。
恐らく誰かが植え続けていたのだろう。街角で精一杯野草や粗末な物を売って暮らしていた様な貧しい少女も目にしなくなり、辺りを通るのは母に手を繋がれ幸せそうに道を歩いていく親子の姿がある。
普通の人が感じる時の流れで言えば相当な年月の間に、くすんでいた建物が大部分が綺麗に立て直され、ゴミに溢れかえっていた汚らしい道路もたちまち綺麗にされた様だった。

今では、もう昔の悲惨な光景を目にする事もほとんどない。
この町の中で、彼は彼女と会った。



「―久しぶりだな、ミカヤ」
「ソーン…さん?」
此方の声に振り返った女性の姿は、以前戦争の頃に出会った時の姿と、余り変わらなかった。少し、髪ぐらいは伸びただろうか。
「こんな所で、どうした」
「…暫く、この町と離れようと思うんです」
ミカヤは、此方に顔を向けずにそう言った。何処かその横顔は寂しそうに見えた。
「ほう、1人でか?」
「ええ」
彼女はようやく此方を向き、ほんのりと微笑んで頷いた。ソーンは、ふといつも彼女の隣に居た存在を思い出した。
「……サザは」
「サザは…もう」
それは無理のない事だった。あの戦争から、はや100年が経とうとしている。
自分やミカヤの様に混血かラグズでなければ、100年も生き長らえているなど在りえない。他のベオクの人々も、そのほとんどの消息が無いに等しくなっていた。
クリミアのエリンシアや、デインのペレアス、ベグ二オンのサナキなどもそうだ。漆黒の騎士と名乗ったあの男は、今はベグ二オンを去っている様だったが、まだ死んではいない様だった。
「此処に、眠っているのか」
「そう…です。彼には……この場所しかありませんから」
静かに、風がふわりと彼女の首元のマフラーを持ち上げる。
「それは…サザのものか?」
「ええ。…あの子が、いいえ、あの人が…形見にと……」
ミカヤが首元に視線を落とす。
「そうか…」
「こうして巻いていると、未だにあの人の匂いがするんです。いつも、傍に居てくれてるみたいで…」
彼女はそう言って、愛おしそうにそのマフラーに顔を埋めた。
「今は、私達の子がこの国を…デインを治める事になっています。あの子も、もう20歳になる…」
それでも、私程は長く生きられないだろうと、ミカヤは言った。ラグズの混血は確かにサザの血と混じり薄まっている筈だからだ。
「時が経つのはあっという間だな」
「そうですね…あの人とこの町で出会って、アイク将軍や、エリンシア女王様達と会って、そして別れて……」
彼女はそこまで続けて、目を閉じた。


「…本当に、出会ったのも、共に戦争に巻き込まれてきたのも、ほんの数日前の夢のよう。こんな町だって…あの頃は、口に出来ない程酷かった」
ミカヤはしゃがみ、花壇に綺麗に植え揃えられた色とりどりの花に触れる。誰が植えたのかも分からない花達だった。
「サザも…その中の1人だった、と言っていたな」
「けれど…いつしかこの国も生き返って…それで今、私はあの時みたいにこの地を離れようと思うんです」
「もう戻って来ないつもりか?」
その問いに、ミカヤは再び立ち上がった。
「…いえ。この地は私にとっても、あの人にとっても、出会い、別れた大切な場所ですから。…きっと、また戻ってきます」
彼女はまっすぐ此方を見て言った。その顔には涙の一筋も、柔らかな笑みもない。あるのは、決心を告げる迷いのない瞳だけ。
あの頃の、不安定な光を灯した瞳とは比べ物にならない程、澄んでいた気が、した。
やがて西の彼方へと沈んでいく夕日は、2人を赤く照らし出す。その夕日は、どんな場所から見えた夕日よりも赤く、美しいもの。

「私達の、何よりも愛するネヴァサの町に」

「愛、か」
きっと、次に彼女が戻って来るのは彼女が命尽きる時だろう。とソーンは口に出さずに思う。そして恐らくサザと共に眠るのだろう。
自分は、その時再び彼女に会えるだろうか。花を、二人の墓に添えてやる事は出来るのだろうか。
彼女が再びこの地に戻って来る時、この町は一体どの様に彼女を迎えるのだろうか。

その時もまた、花々は咲き乱れていてくれるのか。
柔らかな夕日の光が、この町を包み込む。


ふわり、とまた彼女の緑のマフラーが風に持ち上げられた。










話の内容とタイトル...微妙に噛み合ってねぇじゃんとか思っても言っちゃ駄目ですよ.
タイトルは有名なSさんの歌からです ...ぱっと思い出したというか、ずっとこの歌とかにはまってた時にふと思って書いた産物です
この歌い手の歌は寂し美し.という感じ。  2012,12,27



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